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八丁堀の居酒屋のブログ、仙台の牛タン・・6

2019/12/19

麦飯についてはまだ日本が貧乏だった頃なので、若くて
腹をすかせた若者に腹いっぱいの飯を食わせてやりたい
と言う佐野社長の考えでコストの安い麦飯を使ったと
いうのが麦飯の始まりでした。


それなのに後発の牛タン専門店は牛タンには麦飯が合う
と盲目的に信じて真似をして、さらに麦飯にはとろろを
合わせることが人気となったために、今ではほとんどの
牛タン専門店では牛タン+麦飯+とろろのセットが当たり
前になっています。


でも牛タンの本家の太助ではとろろは提供していません。


つ付け合わせのなんばん味噌漬けと青菜漬けは佐野社長
の出身の山形県の名産を付け合わせにしました。
 
 

転勤族や単身赴任者の間で仙台の牛タンが話題に


こうして始まった牛タン物語が最初からうまくいっていた
わけではありません。

はじめは、一部の愛好家のみの間で親しまれていたという
牛タン。

これを広めたのはなんと、転勤族や単身赴任者だと言います。


 高度経済成長期に入っていくに連れて、仙台への転勤族や
単身赴任者は増えていきました。


その時に食べた牛タンがうまいということで、評判に
なっていったそうです。


そのうち、ヘルシーとしてマスメディアでも話題になり
はじめます。

 

仙台牛タンを始めたのは太助の佐野社長ですが、ここまで
仙台牛タンを広めたのは喜助の大河原さんの力によると
思われます。


仙台名物として牛タン振興会を立ち上げて仙台牛タンを
有名にした功績は大きいと思われます。


その後、商売上手な伊達の牛タンのおかげでますます
仙台牛タンの知名度が上がったのではないでしょうか?


お土産販売や新幹線車内での販売で一気に仙台名物へと
成長させていきました。