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八丁堀の居酒屋のオヤジが好きなPINK FLOYD・・その16

2019/11/20

エピソード


 


ストーム・ソーガソン (2010年)ピンク・フロイドほか数多くの
アーティストのアルバム・ジャケットを手掛けているデザイン・
チーム「ヒプノシス」のリーダーであるストーム・ソーガソンは、
ウォーターズとバレットの高校時代からの仲間である。


シド・バレットの後釜のギタリストとしてジェフ・ベックを
加入させるという話があった。


実際にジェフ・ベックにコンタクトが取られたが、折り合いが
付かず、デヴィッド・ギルモアが加入することになった。


選ばれた理由は「ウマが合ったから」とのこと。


1971年の初来日の際には、箱根で開催された野外フェスティバル
「箱根アフロディーテ」のトリとして登場し、日が暮れて霧が
立ち込める中で幻想的なライヴを披露した。


このライブは、現在でも伝説のひとつとして語り草になっている。


また、楽器をチューニングする音をオリジナルの「前衛音楽」と
勘違いした観客が歓声を送ったというエピソードがある。


ロジャー・ウォーターズ曰く、バンド内では常に「建築家の
ロジャーとニック」vs「音楽家のデイヴとリック」という構図に
なっていたらしい。


ウォーターズの母親、メイスンの両親は共産党員であだった。
2人は大学時代に学生運動や反核運動に精を出したが、メイスン
自身はそれほど左翼思想に傾倒することはなかった。


初期の頃はシド・バレットのルックスなどもあり、ややアイドル
的な扱いを受けていた。


メンバー全員で肩を組んで歩く姿や、笑顔で踊っている模様を収
めた映像や写真が残されている。


ニック・メイスンは当時を振り返り「最悪だったよ」と述べて
いる。


70年代末期にはパンクロックの台頭から、オールドウェーブとして
揶揄されたプログレシブ・ロックだが、現代社会への批判精神を
有するロジャー・ウォータース時代のフロイドには支持者も多い。


セックス・ピストルズ/パブリック・イメージ・リミテッドの
ジョン・ライドンはピンク・フロイドからライブに参加しないかと
誘われていたことを明かしている。


結局断ることになったが、現在でもピンク・フロイドとは共演
してみたいと語っている。